【災害復興法学のすすめ】(2)運命の交差点。一件の重み。
2011年4月、日弁連研究員として日弁連情報統計室に採用された気鋭の研究者。慶應から東大へ移り教育社会学の博士課程を修め、専門社会調査士や行政書士の資格を持っていた。その研究実績は同一分野の研究者の中でも群を抜いていた。よくそんな方が日弁連なんぞに来てくださったと思う。研究調査のために、膨大なアンケートの取りまとめなどを常時行っているという。さらに東京大学では統計学の教鞭をとっている。
東日本大震災の無料法律相談はすでに3000件以上の実績がある。今後、それを本部に集約してまとめ作業入りたい。後につながるデータベースをつくるには、どうしたらよいのか。膨大な被災者の生の声をまとめ、ミスリードしない形で図式化し、誰もが一目で被災地の「リーガル・ニーズ」をわかるようにしたい。報道機関や政策担当者が有効活用できる基礎資料としたい。
私が課題を伝えると、あっという間に、既存の法律相談実績のデータベースを数値に変換するプログラムを組み上げてしまった。そして、未熟な私や日弁連の事務局に統計学の基礎講義までしていただいた。
この二人は出会うべくして出会った。
周囲からはそう言われたが、私自身もこの未曽有の危機において何か引力が働いたとしか思えなかった。『災害復興法学』は、この気鋭の研究者との出会いがなければ、決して生まれることがなかった。
こうして、データベースのフォーマットが出来上がり、そこからグラフなどを作成する一通りのノウハウが構築された。入力体制や相談分析の手法も二人三脚で構築していった。
被災地から集められた生の声や資料は、全件必ず弁護士がチェックし、弁護士の手によって、データ入力を行うようにした。理由はいくつかあるが、次のような事情によるとしたら納得いただけるだろう。
まず、被災地から送られてくる相談記録(相談票・相談カルテ)の解読がある。これは、法律家でなければ困難である。相談記録の中には、暗号のような図表もある。法律家であれば、自らの経験に照らし、どんな相談が行われていたのか再現できる蓋然性が高い。どんな些細な声は無駄にしたくないという思いは、法律家でなければ実現できないミッションだった。
次に、解読した当該法律相談を24の類型に分類する。この作業は、統一ルールにのっとり、全件おなじルールで実施する必要がある。現場では、担当者レベルで思い思いの分類をしてしまっているケース、同じ事例でもズレがあるケースを、中央で統一するわけである。この作業もまた、法律家でなければできないことだった。
震災から数か月経過したころ、研究員の彼が私に述べた言葉は今でも胸に刺さっている。
「弁護士の無料法律相談から導き出されるさまざまな事情は、研究のためのアンケート調査で得られる情報より、遥に重みがあります。弁護士が対話の中で聞き出した『真実』に他ならないからです。そしてその内容には、アンケートの任意記述などの記載では、決して得ることのできない内容が含まれています。」
そこまでは私自身も常々思っていたことだが、私が忘れられないのは、続けられた次の言葉だ。
「入力は常に正確に、何重にもチェックをかけて行うべきです。バグを取り除き、データ取り違えがないようにしなければなりません。万一、1件でもミスをすれば、その声はなかったことになってしまいます。そればかりか、間違った声が世界中に発信されるということになるのです。だから、絶対に正確なデータを作らなければなりません。」
間違った集計の不利益は、すべて被災者に跳ね返ることを、改めて肝に銘じなければならなかった。
相談現場限りで終わっていた無料法律相談が、少しずつ立体的になってくる。被災地の真実が、誰にでも分かり易い形で提供できるようになりつつある。特に、震災直後のゴールデンウィークは、多くの弁護士が、連休を返上して、入力作業を実施した。この期間だけで、約3000件の入力が完了したのではないだろうか。私自身も、これだけの相談をまとめた以上、ゴールデンウィーク明けから遠くないうちに、中間発表をしなければ、と考え始めていた。
時を同じくして、日本全国から100名の弁護士が、宮城県沿岸部に集結していた。約90か所の沿岸部避難所を、手分けして訪問し、3日間で合計1000件の相談を実施したのだ。その結果は、ほぼリアルタイムで私のところに集まってきた。
ところが、この宮城県の避難所集中相談の結果を分類した速報グラフを見て、絶句した。被害や悩みの大きさには言葉が出なかったが、それよりも私が驚いたのは、いままでに私が知っていた「宮城県」の被災地のリーガル・ニーズの傾向とは、全く異るグラフが現れたことである。
いままで私が集計していた宮城県の法律相談はいったいなんだったのか。
今回の沿岸部の避難所相談の結果は、宮城県全体の相談傾向と全く違った。
いずれにしても発表のやり方を考え直さなければ、被災地に対する誤った印象が発信されると直感した。
中間発表には「待った」をかけなければならなかった。
(本コラムは、『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会)では描ききれなかったエピソードを著者の視点から綴るものです。第3回につづく、、かもしれません。)
【災害復興法学のすすめ】(1)災害時における法律家・専門家の役割とは
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