熊本・大分地震に関する緊急政策提言(暫定版)
熊本・大分地震に関する緊急政策提言(暫定版)
2016年5月1日
最終更新:2016年5月16日
岡本正
熊本・大分を震源とする一連の地震(以下熊本地震といいます)によって犠牲になられた方、ご遺族にお悔やみを申し上げるとともに、被災された方々にお見舞いを申し上げます。また懸命な救助・復旧作業を行っている方々に敬意を表します。
4月14日夜に震度7を記録した熊本地震は、16日に再び震度7を記録し、震度5強を超える地震が群発するなど、前代未聞の大災害となりました。既に熊本県全域に災害救助法・被災者生活再建支援法が適用され、一連の地震による災害は激甚災害指定、特定非常災害指定をされるに至っています。死者49名、行方不明者1名、災害関連死は19名に上りました。震災直後から本日に至るまで、多くの災害関連法令の適用や特別の措置が講じられ、応急救助、復旧、そして生活再建のための懸命の取組が行われているところです。
そこで、「災害復興法学」の知見や、過去の防災・危機管理・災害復興政策に関与した経験、さらに熊本地震を受け関係各位と意見交換した結果を踏まえ、「法政策」分野において今後、立法措置や従来の運用改善措置が緊急に必要となる課題を列挙することにします。必ずしもすべての分野を網羅できておりませんし、あくまで現時点における個人的かつ暫定的な見解であることをご容赦いただきたいと思います。
(概要)
■各種生活再建支援制度の周知・徹底
■義援金差押禁止の立法措置
■特定非常災害特別措置法に基づく措置の追加指定
■被災ローン減免制度(自然災害債務整理ガイドライン)の徹底活用
■被災者生活再建支援法の拡充
■災害関連死の専門対策室の常設と東日本大震災の事例分析
■被災者台帳導入後の個人情報の利活用
■被災マンション法の適用(政令による災害指定)
■大規模災害借地借家法の適用(政令による指定)
■義援金収入認定による生活保護打ち切り運用の見直し
(詳細)
■各種生活再建支援制度の周知・徹底
「自宅が倒壊して家族で避難所にいるが、一体何から始めればよいのかわからない」「自宅の損壊は激しくはないが、余震などが怖くて帰宅できない、どんな支援が受けられるのかもわからないし、住宅ローンも残っており途方に暮れている」。こうした声が、災害直後から報道機関や専門家らに寄せられています。完全ではないものの、これらに応えるための生活再建・事業再建の制度がわが国には存在しています。必ずしも窓口がすぐに開設されるわけではありませんが、生活再建のための一歩踏み出す制度が存在することを知ることで、希望をつなぐことができる場合もあると思われます。及ばずながら、特に重要な情報をまとめたページをご参照いただければと思います。現時点では、「熊本県弁護士会ニュース」や首相官邸の被災者支援ブックなどの情報まとめがわかりやすいと考えます。
>生活再建情報のまとめページ
http://www.law-okamoto.jp/column/3064.html
■義援金差押禁止の立法措置
東日本大震災では、超党派の立法措置によって、義援金が差押え禁止財産となりました。すでに熊本県では義援金の第一次配布が始まっているようです。これらが、差押え対象財産のままであれば、義援金の趣旨を全うすることはできません。また、立法によって、後述する被災ローン減免制度の自由財産も拡張することになりますので、住宅ローン減免後の生活再建がより現実的になります。
>東日本大震災時の立法措置
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00104.html
>熊本地震と義援金差押禁止法案に関する報道
https://www.bengo4.com/other/1146/n_4597/
>参考文献「災害復興法学」第2部第11章
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4766421639/keioup-22
■特定非常災害特別措置法に基づく措置の追加指定
4月28日の閣議決定により特定非常災害特別措置法が適用されました(5月2日より施行)。これにより、同法の第3条から第6条の、大きく4種類のカテゴリーについて、法定期限が延長され、不用意に利益を喪失するおそれは一定程度無くなったものと言えます。ところが、最初の指定では「第7条」の民事調停申立手数料の無料化については、指定されませんでした。確かに、過去の巨大災害では、弁護士の無料法律相談ほか専門家相談の充実により、裁判所の利用が急増することはありませんでした。ところが、今回は、後述する新しい被災ローン減免制度である、「自然災害債務整理ガイドライン」の利用において、手続きの最終段階で裁判所の特定調停申立が必要です。その申立費用は、申立人のとなる被災者(債務者)負担です。特定非常災害特別措置法の追加指定が求められます。
>特定非常災害の指定(内閣府防災)
http://www.bousai.go.jp/kohou/oshirase/pdf/20160428_01kisya.pdf
>東日本大震災における第7条指定の実績(法務省)
http://www.moj.go.jp/housei/shihouhousei/housei01_00045.html
■被災ローン減免制度(自然災害債務整理ガイドライン)の徹底活用
2015年9月2日以降に災害救助法が適用された大災害(「平成27年台風第18号等」と「熊本地震」)には、先述している新しい「被災ローン減免制度」である「自然災害債務整理ガイドライン」が使えるようになりました。全国銀行協会、財務省九州財務局、日本銀行熊本支店などからは、ガイドラインの周知徹底と利活用の方針が発信されています。金融機関窓口においては、積極的にメリットを説明し、ガイドライン利用を勧めなければなりません。東日本大震災では、これが徹底されず利用が低迷しました。のちに金融庁が2度にわたって周知徹底するよう金融機関に通知するなどの指導をしなければならないほどでした(しかし、すでに時が遅くガイドライン利用は広がることはありませんでした)。今回はこのような事態を招かないように、徹底した啓発が求められます。日本銀行は被災地銀行に対してゼロ金利での緊急融資支援を決定しており、金融機関への支援もなされます。
>「被災者を苦しめる 二重ローン問題~新しい制度と見えてきた課題~[東北復興新聞 弁護士が見た復興]」
http://www.rise-tohoku.jp/?p=9600
>日本銀行「平成二十八年熊本地震にかかる被災地金融機関を支援するための資金供給オペレーション基本要領」の制定等について」
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2016/rel160428e.pdf
>参考文献「災害復興法学」第2部第3章
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4766421639/keioup-22
■被災者生活再建支援法の拡充
自治体に申請して発行される「罹災証明書」において、「全壊」「大規模半壊」の判定を受けた場合には、「被災者生活再建支援金」を受け取ることができます。しかし「半壊」「一部損壊」などの判定では、支援金は出ません。「半壊」とはいえ、実際は居住に困難をきたすことも多く、支援の「狭間」になってしまっています。そこで、「半壊」に対しても、一定程度の支援ができるよう、被災者生活再建支援金の支給対象を拡大し、シームレスな支援をする必要があると考えらえます。加えて、現在、被災者生活再建支援金は、再建まで含め最大で300万円までです。従来から、再建には金額が不足するとの指摘があり、最大500万円程度に拡大することを検討する必要があると考えます(たとえば、下記の緊急提言などでも明確に言及されています)。
>自由民主党「東日本大震災・津波災害及び原発事故対策に関する緊急提言(第一次)」(2011年3月30日)
https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/061.pdf
■災害関連死の専門対策室の常設と東日本大震災の事例分析
内閣府(防災担当)において、災害弔慰金法に基づき災害関連死に対する災害弔慰金の給を所管しています。ところが、災害関連死それ自体への専属的対策を実施する部門が、現在のところはっきりせず、十分な体制とは言えません。まずは、災害関連死の対策部門を常設することが不可欠ではないかと考えます。また、東日本大震災では、今までに3400名を超える災害関連死が発生しています。この資料の多くは、東日本大震災の被災地自治体の「災害弔慰金等支給審査会」にあるはずです。これらを匿名化したうえで、国のイニシアティブで法律・医学・福祉・防災などの様々な分野から徹底分析し、その結果を公表することが求められます。
■被災者台帳導入後の個人情報の利活用
2013年の災害対策基本法改正により、「被災者台帳」が制度化されました。自治体は、本人の同意なくして、被災者台帳を作成し、自治体間で共有することができます(個人情報保護条例の目的外利用や第三者提供の例外)。罹災証明書の発行にはじまり、被災者生活再建支援金、義援金、仮設住宅、各種減免措置などの支援を漏れなく、かつ重複しないように行う必要があります。
加えて、障害者・要介護者・難病者・外国人・妊婦・子ども等の災害時要配慮者(災害時要援護者)への福祉支援も不可欠です。ところが、これらは行政のマンパワーだけでは不可能です。そこで、台帳情報と災害時要配慮者情報をしっかりと紐づけたうえで、必要な情報を支援団体などに提供し、見守り支援をする必要があります。未だ支援に繋がっていないのであれば、災害時であること理由に緊急性を認め、法令の例外として個人情報を提供することも可能な場合があります。また、個人情報保護審議会により個人情報の提供を早急に決議することでも対応できます。個人情報保護条例をクリアするための施策を早急に進めるべきと考えます。
>参考文献「自治体の個人情報保護と共有の実務 地域における災害対策・避難支援」
http://shop.gyosei.jp/index.php?main_page=product_info&products_id=8343
>参考文献「岩手県における復興情報の活用・共有・発信~個人情報と情報公開(行政広報)の観点から~」
http://f-gakkai.net/uploads/gakkaishi/11-1-3.pdf
■被災マンション法の適用(政令による災害指定)
分譲マンションが被災した場合には、被災の程度に応じ、また区分所有法や民法の規律に基づき修繕、耐震化、建替え、復旧などの措置を講じなければなりません。しかし、民法や区分所有法では、「解体」「一括売却」「解体後の更地の売却」といった、区分所有関係を解消する処分をする場合には、「全員同意」が必要であり、手続きが止まってしまうのが通常です。そこで、被災マンション法を適用し、多数決(5分の4)で売却や解体の処分ができるようにし、復興や住まいの再建、移転を促進することが求められます。
>東日本大震災における法改正と適用の実績
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00132.html
>参考文献「災害復興法学」第二部第6章「いのちを奪うか、救うか、マンション法制のこれから」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4766421639/keioup-22
■大規模災害借地借家法の適用(政令による指定)
大規模な災害の被災地において、借地上の建物や借家が滅失した場合における借地権者や借家権者の保護等を定めた法律です。法律の適用が決まれば、「従前の賃貸人が、建物を再築し、賃貸しようとするときは、その旨を従前の借家人に通知する」、「何ら公示なく借地権を対抗することができる期間を6か月間とし、政令施行の日から3年間は掲示による対抗力を認める」(借地の対抗力は借地上の建物の存在によるため)、「借地上の建物が滅失した場合、借地人による借地契約の解約」(期間内であっても解約し賃料負担から解放するため)など、借地人や借家人が震災をきっかけに不意に権利を失うことがないようにしたり、賃借人に酷な結果を招くことを防止したりできます。
>大規模災害借地借家法の概要
http://www.moj.go.jp/content/000117948.pdf
>東日本大震災における法改正と適用の実績(福島県大熊町)
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00145.html
■義援金の収入認定による生活保護打ち切りの見直し・自立更生計画の柔軟運用
義援金が収入認定され生活保護が打ち切られる運用がなされる危険がある。東日本大震災では柔軟な運用が厚生労働省から呼びかけられ、厚生労働大臣の答弁でも義援金が収入認定されないべきであるとの発言がある。柔軟運用の徹底が求められる。
>東日本大震災当時の福島県弁護士会会長声明・厚労大臣発言や通知など引用
http://www.f-bengoshikai.com/topics/t1/380.html
>東日本大震災による被災者の生活保護の取扱いについて(その3)(平成23年5月2日付社援保発0502第2号)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001bd6k-img/2r9852000001be5y.pdf
東日本大震災の厚生労働省 義援金等については、生活保護制度上の収入認定の取扱としては、「自立更生のために当てられる額」については収入として認定しない。義援金等の使途も確認する必要がない。自立更生計画作成については被災者の事務負担の軽減に努める、等をを内容とするもの。些か不十分な通知ではあるが、一律打ち切りを容認していないことは明白である。
■熊本地震に関する共同提言(日本災害復興学会・関西学院大学災害復興制度研究所)(5月16日)
当職も所属する「日本災害復興学会」と「関西学院大学災害復興制度研究所」が
➡概要版 http://www.fukkou.net/
➡詳細版 http://www.fukkou.net/
2016年5月2日益城町(撮影:中野明安弁護士)