【訪問備忘録】徳島市と松茂町の「安政南海地震」自然災害伝承碑を巡る
2019年7月2日徳島に「災害と個人情報」に関する講演のために訪問しました。自然災害伝承碑をいくつか訪れたので備忘メモを残しておきます。
■安政の南海トラフ巨大地震
江戸時代嘉永七年11月5日（1854年12月24日）に四国・紀伊半島の南海道沖を震源とする大地震が発生する。「安政南海地震」と呼ばれる地震である。その32時間前にも「安政東海地震」が発生しており、連動型の超巨大災害となった。合計の死者数は数千人から五千人以上とも伝えられ、あまりの天変地異から年号も嘉永からすぐに「安政」へ改められるほどだった。
■松茂町春日神社の「敬渝碑」
徳島空港を擁する徳島県松茂町。空港大橋をわたって市街地に入ったところに「春日神社」がある。「敬渝碑（けいゆひ）」は、神社本堂の左裏手にひっそりとある。
町指定有形文化財にもなっている。以下に抜粋した標識では、「敬諭碑」の漢字が使われていた。漢文の文字をたどるだけでも「山鳴地大震」「海潮湧」「地裂」など、当時の惨状を物語る、非常に強い言葉が並んでいるのがわかる。説明書きには記述がないが、漢文には、人々が恐怖と流言飛語に戸惑ったことなども記されている。
この敬諭碑は、嘉永7年（1854）の冬に発生した「安政南海地震」の被害の様子を記した碑石で、夢厳観が書いた文章を、庄屋の第9世三木與吉郎光治が石碑にして建立したものである。漢文で記された碑文には、激しい揺れによる家屋の倒壊と火災、液状化現象と津波による田畑の冠水など、地震の被害が詳細に記されているとともに、人々がお互いに助け合って避難生活を送った様子が描写されている。
所有者 中喜來春日神社氏子中
※春日神社の神主さん自らご案内をいただき、写真も撮影していただきました。ありがとうございました。
■恵比寿神社の「百度石」
徳島市南沖洲エリアにある蛭子神社。その境内に「百度石」と掘られた小さな石柱がある。百度石は、本来は願いがかなうように寺社に「百度詣で」をするときのチェックポイントのような目印。ここ蛭子神社のものは「地震は百年に一度ぐらいあるから注意せよ」など、災害の教訓を伝える言葉が刻まれている。
実際には表面の大部分が風化していて文字を判別することは困難になっている。百度詣での目印としてだけではなく安政大地震の教訓を「百年」先へも伝承しようという特別な意味が込められている。
蛭子神社による説明書きには、以下の記述がある。
沖洲蛭子神社百度石
この百度石は、1854年の安政南海地震（M8.4）の被災状況から得られた教訓と、「百年もすれば巨大地震がまた起きる」ということを後世に遺すために、1861年に建立されたものです。
住民が日ごろ目にする神社の百度石に刻んだことも注目に値します。現在、背面しか碑文は識別できませんが、次のような内容が記されていました。
1854年12月24日、大地震が発生、人々はうろたえ竹やぶの中へ逃げ込んだ。やがて「津波が来る」と騒ぐ声に驚き、船で逃げようとしたが津波により舟が転覆し命を失う者もいた。
教訓 津波来襲時には、「舟に乗って避難するな」また、大地震で家は大破し、炬燵（こたつ）や竈（かまど）から出火し、家や蔵の多くが焼けた。
教訓 地震発生時には、「冷静に火の始末をせよ」
住友厚丈 石工 川崎屋
さらに、2017年には、「国登録記念物（遺跡関係）」となり、改めて徳島県教育委員会と徳島市教育委員会による説明札も設置され、以下の記述がある。これがもともとの石碑原文をベースにしたものと思われる。
沖洲蛭子神社百度石
国登録記念物（遺跡関係）平成29（2017）年10月13日登録
文久元（1861）年9月建立
嘉永七（1854）年11月5日に大いに地が震い、人々はうろたえて木や竹の根が絡んだ中へ駆け込んだ。津波が来ると騒ぐ声に驚いて、船に乗ったものは押し流されて、危ないとことを助かった者もいれば転覆して命を失う者もいたので、必ず船には乗ってはならない。家が潰れて、「こたつ」や「かまど」から火が起こり、多くの家や蔵が焼けた。このような時は、心を静めて火の元に気をつけることが肝要である。
百年のうちにこのような地震と津波があると聞くので、このたび氏神の御前に百度石を建てるおりに、そのことを記す。
文久元（1861）年9月吉日
「百年に一度」南海地震がおこるということは、江戸の時代の商人・町人にとっても共通の認識となっていたことは大変興味深い。そして、多くの人の目が触れるところに、堂々と震災の教訓を記述した先人の知見に学ぶところは大きい。
（参考文献）
宇佐美龍夫編著「日本被害地震総覧 599-2012」（東京大学出版会）
松茂町ウェブサイト
徳島市ウェブサイト
