【寄稿】(NBL)「災害を乗り越える リーガル・レジリエンス」
岡本正「HOT/COOLPlayer. 災害を乗り越えるリーガル・レジリエンス」エヌ・ビー・エル No.1249 2023年9月1日号 1頁
商事法務のNBL(2023年9月1日号)の巻頭言に寄稿させていただきました。2023年9月1日は関東大震災から百周年の節目です。大変光栄な機会をいただきまして感謝申し上げます。
災害を乗り越える
リーガル・レジリエンス
しなやかさや強靭さを意味するレジリエンス(Resilience)という言葉を随所で目にするようになって久しい。国連が決議した2030年までに達成すべき具体的な目標「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals:SDGs)においても、「包摂的で安全かつ強靱(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する」(目標11)、「気候関連災害や自然災害に対する強靱性(レジリエンス)及び適応力を強化する」(目標13.1)など複数箇所に登場している。日本では内閣官房を中心に国土強靭化(ナショナルレジリエンス)推進を掲げ、当初は堤防建設、流域治水、DXの推進など物質的・技術的な災害対策に焦点が当たったが、近時は災害で被害に遭った国民ひとり一人の生活再建や事業の維持再生の側面も重視され始めている。
言うまでもなく生活再建の助けになる公的支援の根拠は法律にある。今存在する法律は、先人が過ちから得た教訓や、困難を克服した証を未来へ残すために社会の仕組みを整備し、レジリエンスを獲得・向上させてきた成果物である。自然災害の脅威に晒され続ける日本では、特に災害法制の変遷の中にそれが顕著に現れている。戦後間もなく、大規模な災害時には都道府県が住民を救助すべき法的義務があることを明記した災害救助法が成立し、伊勢湾台風(1959)をきっかけに災害対策基本法や激甚災害法が誕生し、阪神淡路大震災(1995)をきっかけに被災者生活再建支援法、特定非常災害特別措置法、被災マンション法等が新たに作られ、東日本大震災(2011)を踏まえて罹災証明書制度の法制化、被災地借地借家法、大規模災害復興法、自然災害債務整理ガイドライン等の新しいしくみが生まれた。令和時代の台風・豪雨や、さらに新型コロナウイルス感染症のまん延を経て、義援金差押禁止法の恒久化や債務整理ガイドラインの新型コロナウイルス感染症特則等の成立という画期的な成果も生まれた。いっぽうで将来の危機をすべて予測し万事に備える法律を用意することは不可能である。故に災害や脅威の度に発見される法制度の綻びを改善し、強靭さを積み上げていく努力が必要になる。東日本大震災を契機に誕生した「災害復興法学」では、これを「リーガル・レジリエンス」と呼び、法律が不変ではなく社会や環境に応じて進化し続けている軌跡を記録し伝承することを目指している。
レジリエンスがしなやかさであるとするならば、忘れてはいけないのが人間のレジリエンスである。自然災害からの死者をゼロにすることは実現すべき具体的な目標であるが、住まいや生活環境の破壊をゼロにはできない。――津波で自宅や仕事場が流されてしまった。家族は無事だったがこの先どうしたらよいのか。ローンの支払も儘ならず、生活費用も足りない、いったいどうやって生きていけばよいのか――絶望的ともいうべき被災者の声が災害によって齎さられたのち、そこから人々の生活再建を助けるのは法律を根拠とした支援制度の数々である。このような復興への歩みもまたレジリエンスの一場面である。私たちはそのために必要な知識を防災教育で習得しておくべきではないだろうか。百年前の9月1日におきた関東大震災の直後に、経学者の福田徳三博士は、復興の本質は「人間の復興」にあり、道路や建物の復旧はそれを支える道具にすぎないと説いた。この教えは現代社会の企業や行政機関、そして私達ひとり一人にも当てはまる。災害後に組織の事業継続計画(BCP)が機能するためには、その担い手となる構成員が自らと家族の生活の安寧を確保し、人間らしい生活を送れる見通しができていることが前提条件となる。絶望から一歩を踏み出す生活再建のための法知識を備えた人材の育成が、組織としてのレジリエンス向上のためにも求められている。