【寄稿】(三田評論ONLINE)「執筆ノート:災害復興法学Ⅲ」岡本正著
三田評論ONLINE 2023年12月12日 「執筆ノート」災害復興法学Ⅲ
高台の避難所は、住まいや仕事を一瞬で奪われた者の悲愴な声で満ちていた。ローンが支払えない、生活費がない、この先どうやって生きていけばよいのか。2011年3月11日の東日本大震災直後から被災者の声を聴き、支援活動のみならず、既存の法制度の限界を指摘し法改正や新規立法を訴えていたのは、弁護士たちだった。法律家も巨大災害に対し無力ではなかったのである。
当時の私は弁護士8年目で、偶々、内閣府に出向中の官僚でもあった。何かできることはないかと日弁連災害対策本部の門を叩き、兼業を許されて集約分析した被災者の声は1年で4万件を超えた。視覚化された声をもとに法改正を提言し、実現に至るまでの激しい攻防の場に幾度となく立ち会った。法が生まれる軌跡を記録し、未来へ伝える役目を誰かが果たさねばと考え、新しい学問「災害復興法学」の創設を提唱した。縁が重なり東日本大震災の翌年には慶應義塾大学で講座が誕生した。その後も複数大学で災害復興法学講座の新設が進んだ。
処女作『災害復興法学』から9年、続編『災害復興法学Ⅱ』から5年、ずいぶん寄り道や回り道をしながら、ようやく3冊目に辿り着いた。東日本大震災や熊本地震の復興政策の軌跡を綴った既刊のその先、西日本豪雨など近年激甚化する気象災害や、未曾有の新型コロナウイルス感染症禍を乗り越える法制度変革の歩みを綴った。感染症と災害の対策が相互に影響しあい、「人間の復興」を目指すオール・ハザード・アプローチへと迫るダイナミックな動きを感じていただけたら嬉しい。
固い書名を付けてしまい、本来目にしてほしい皆様に本書や既刊が届いていないであろうことを反省しているが、時折、見ず知らずの高校生の読者からもお手紙をいただくことには大いに報われた気がしている。本書は法律専門書ではなく、法律学の前提知識は一切無用。誕生以来、多くの皆様にご支持をいただいた災害復興法学教室の再現であり、法改正の軌跡と被災者の生の声を記録し、あるべき復興制度の姿を提言するノンフィクションである。本書が新たな危機に立ち向かう知恵を、次の100年へ伝える手段になれたらと願う。
『災害復興法学Ⅲ』
岡本 正
慶應義塾大学出版会
416頁、3,300円〈税込〉