【取材/解説】(NHK放送文化研究所)「文研ブログ:災害時の死者・安否不明者の氏名公表問題を考える」(続編)~人命救助と教訓検証、遺族への配慮のバランスとは」
2024年12月13日 NHK放送文化研究所 文研ブログ
メディアの動き
「災害時の死者・安否不明者の氏名公表問題を考える」(続編)~人命救助と教訓検証、遺族への配慮のバランスとは」
【研究員の視点】#566 NHK放送文化研究所 渡辺 健策
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/673556.html
<氏名非公表の流れ 原因はメディアに>
遺族の同意の有無に関わらず、死者の氏名も原則公表すべきだという意見は、国の指針策定に向けて議論をしていた有識者の検討会でも上がっていました。しかし、内閣府の事務局は、死者の氏名は個人情報保護法の対象になっていないとして、検討会の正式な議題にはしない方針を示し、この点について指針で国の見解が示されることはありませんでした。死者の氏名も原則公表することを阻んでいる原因はどこにあるのでしょうか。
検討会で死者の氏名も原則公表すべきだと訴えていた岡本正弁護士に聞きました。Q.遺族の同意を死者の氏名公表の条件とすることは、法律の解釈として合理的と言えるのでしょうか?
岡本:個人情報保護法では、死者に関する情報は「個人情報」ではないとされているので、氏名を公表することに遺族の同意が必要だというロジックは導けません。
亡くなった方本人と遺族は別の人格なわけです。亡くなった方には、自分の名前をきちんと記録して残したい、生きた証し(あかし)として残したいという思いがあるかもしれない、それは遺族が判断できることではありません。
遺族の同意を氏名公表の条件とすることのもう1つの問題点は、そもそも同意を得る対象の遺族とは誰なのか、ということです。同じ家に住んでいても家族関係が良くないとか、疎遠だとか、いろいろな関係性がある中で、公表する・しないの判断が特定の遺族の意向に左右されること自体が非常に不安定だと思います。Q.原則公表すべきだと考えるのはなぜでしょうか?
岡本:名前というのはその人が生きた歴史であり証しですよね。残された人間は、そのとき生きた人の名前と生きた証しを、敬意を持って残さなければいけません。
また、具体的にどういう方がどういう経緯で亡くなったのか、原因も含めて公表することには、災害の教訓を正確に記録するという意義があります。行政機関側が氏名を含めて記録していくことは、公的な責務だと思います。
日本では、鉄道事故や子どもの死因※注1などの一部例外を除いて、死者の死因や事故原因を公的に調査して教訓をとりまとめることが法的プロセスで決まっているわけではありません。そういう現状においては研究者やメディアなどが検証できるよう公表し、死者の氏名・死因・属性など、どういう経緯で亡くなられたのか、必ず記録を残されなければならないと思っています。※注2Q.一方で、遺族のプライバシーや感情への配慮という課題についてはどう考えますか?
岡本:「死者の名前を出してほしくない」という遺族の感情の根源とは何かというと、”そっとしておいてほしい”という気持ち、平穏な生活を守ることにあると思います。
私はメディアの皆さんが遺族に対して本当に配慮した対応を取ってきたかという点で、反省すべきところもあると思います。これまでメディア側の配慮不足があったことは否めません。
「自治体が実名を出して記者会見したから我々は報道しました」という説明は、一番やってはいけないメディアの言い訳だと思います。むしろ遺族の心情に配慮して少し時間を置いてから取材に行くとか、あるいは報道するときには匿名化するとか、遺族にきちんと向き合わないといけないはずです。
そういう配慮が不十分なので、それなら行政は最初から氏名を出さないという判断になっているのではないでしょうか。遺族のクレームが出やすくなると、行政も遺族に配慮して氏名を出さなくなります。遺族同意がなければ氏名を公表しないという今の状況は、メディア自身が原因を作ってきた側面も否めないと考えます。まずそのことを反省しなければ、議論は先に進まないと思います。これまでの災害におけるメディア関係者の振る舞いこそ、今の状況を作った原因だという岡本弁護士の指摘には、ジャーナリストたちが真摯(しんし)に耳を傾けなくてはならない重みがあります。筆者自身、東日本大震災の被災地でニュースデスクを務めていた際に、メディアに対する被災地の人びとの不信や疑問の声を数多くの場面で受けとめてきました。とりわけ特定の被災者や遺族にスポットをあてる取材・発信には、被災した人たちに強いとまどいや抵抗感がありました。
そうしたことへの反省から、最近では、メディア内部でも、取材者が被災者や遺族ときちんと向き合い、災害で何が起きたのかを報じることの意義を理解してもらうことの大切さを重視する考え方が広がりつつあります。災害現場に向かう取材者に、遺族や被災者の心情への配慮をあらためて呼びかけるメディア側の動きも出てきています。※注3
大事なのは、そうした配慮がどこまで取材者一人ひとりに浸透するかです。 メディアの取材者自身が遺族や被災した人たちに実名報道の意義を丁寧に説明し、将来起こりうる災害の犠牲者を少しでも減らすために検証が必要であることを理解してもらうことこそ、信頼を得る第一歩になるのではないかと思います。
さらに、そうした取材や報道の意義に対して、自治体や防災関係機関も含めた社会的なコンセンサスを得ていく必要もあります。そのためには、まずメディアに対する不信感を払拭してからでなければ、災害犠牲者の氏名公表をめぐる議論を前進させることはできないでしょう。地震・津波に加え、豪雨や土石流などの気象災害が頻発するようになったいま、災害報道の大義を明確にするメディア自身の努力が必要になっているのではないでしょうか。